東京地方裁判所 平成11年(ワ)4733号 判決 2000年3月17日
原告
川名英之
右訴訟代理人弁護士
山田裕祥
被告
株式会社エムディアイ
右代表者代表取締役
深山祐助
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
岡芹健夫
同
廣上精一
同
山本幸夫
同
山田美好
同
三上安雄
主文
一 被告は、原告に対し、金四二万八一〇八円及びこれに対する平成一一年三月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを七分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三二六万七〇四〇円及びこれに対する平成一一年三月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の元従業員である原告が、被告に対し、雇用契約に基づいて支給される歩合給及び超過勤務手当が未払であるとして、その支払を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告は、昭和四八年八月に設立され、共同住宅「レオパレス21」の注文建築請負及び賃貸、管理、リゾート開発等を事業内容とする、資本金二二四億八四五〇万円、従業員約二七〇〇名の株式会社である。
2 原告は、平成九年一二月一日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、被告の船橋支店において営業に従事していたが、平成一〇年六月三〇日、被告を退職した。
3 原告の被告における賃金は、固定給プラス歩合給という定めであり、勤務時間は、午前九時から午後六時までであった。
4 歩合給について定めた被告の「建築営業社員歩合給細則」(以下「歩合給細則」という。)は次のとおりである(<証拠略>)。
(総則)
第一条第一項 この細則は、建築工事請負契約管理規程第四条第三項に基づく歩合給の運用を定めるものである。
(第二項省略)
第三項 歩合給の受給は、歩合給申請時に社員として在籍していることを条件とする。
(歩合給支給対象者)
第二条 次の各号に該当するものを、歩合給支給対象者とする。
一号 建築請負契約を締結した建築営業担当者(以下契約担当者という)
二号 契約担当者を監督していた建築営業課長(以下契約課長という)
三号 契約担当者を監督していた支店長(以下契約支店長という)
四号 契約担当者より業務を引き継いだ建築営業担当者(以下引継担当者という)
五号 契約課長より業務を引き継いだ建築営業課長(以下引継課長という)
六号 契約支店長より業務を引き継いだ支店長(以下引継支店長という)
(用語の定義)
第三条 次の各号のとおり、用語を定義する。
一号 歩合給対象利益額とは、請負額からNET額を差し引いた金額(但し、紹介料の支払いがある場合は紹介料も差し引く)をいう。
二号 請負額とは、工事請負契約の金額をいう。
三号 利益率とは、請負額に対する歩合給対象利益額の率をいう。
四号 歩合給総額とは、当該契約に対し各々に支払われる歩合給の総額をいう。
(歩合給総額の計算)
第四条 歩合給総額は、(歩合給対象利益額)×(歩合給率)×(役職率)によって求める。
(役職率)
第六条 役職率は別表二のとおりとする。この場合の役職とは組織上の役職を指す。
別表二
役職 役職率
営業担当者 一
営業課長 二分の一
支店長 六分の一
(歩合給の支給時期と支給率)
第七条 第四条の算式により求めた歩合給総額を、別表三の支給時期別の支給率により支給する。
別表三
契約種別 段階 支給率
本体契約 契約時 一〇パーセント
(主契約) 上棟時 五〇パーセント
完成時 四〇パーセント
追加契約 完成時 一〇〇パーセント
(契約担当者の異動等に伴う歩合給)
第一五条 契約担当者に異動等があった場合の歩合給および引継歩合給は別表四のとおりとする。
別表四
<省略>
(歩合給額は引継時点での残歩合給額の範囲内)
5 ところで、歩合給の支給時期については、平成八年一一月二九日、同年一一月申請分(一二月支給分)から歩合給細則が変更され、着工時までに請負金額の五〇パーセント以上が入金された時に歩合給の五〇パーセント、完工時までに請負金額の一〇〇パーセントが入金された時に残り五〇パーセントと二回に分けて支給されることになった(<証拠略>)。
二 主たる争点
1 歩合給細則に規定する歩合支給に関する支給日在籍要件の適用可否
(一) 原告の主張
(1) 原告は、被告と本件雇用契約を締結した際、被告から歩合給細則について示されてもおらず、説明も受けておらず、歩合給については、その支給率、支給時期の説明を受けただけであるから、歩合給細則の支給日在籍要件の適用はない。
(2) 仮に、歩合給細則の適用があるとしても、歩合給細則のうち、支給日在籍要件にかかる部分は、労働基準法二四条一項に反し、公序良俗に反するものであるから無効であり、適用はない。
すなわち、原告の賃金は、固定給プラス歩合給で定められており、歩合給も、実際の労務提供の対価として支給される賃金の一部であるところ、歩合給の発生原因とされる建築請負契約を締結し、その後の諸々の営業担当者としての活動をした後、支払時期以前に退職した従業員には全く歩合給を支給しない旨の規定は、労働者にその重要な労働の対価を全く支給しないという著しい不利益を課すもので、何らの合理的根拠もない。
(二) 被告の主張
(1) 歩合給細則は、被告の船橋支店においては、支店長が保管し、従業員が申し出れば、従業員は歩合給細則を自由に閲覧、コピーできる状況にあって、周知されている。また、被告は、原告に対し、支給日在籍要件を含めた歩合給細則の内容について、その入社時及び退職の意思を表明した際に説明していたから、原告はこれを熟知していた。
仮にそうでないとしても、右のとおり、被告は従業員に対し、歩合給細則を従業員が自由に閲覧、コピーできるように周知していたから、原告が歩合給細則を実際に見たかどうかにかかわりなく、原告にも歩合給細則が適用されることは明らかである。
(2) 被告において、従業員に支給される歩合給の性質は、毎月支給される賃金よりもむしろ一時金(賞与)により近いものであるから、支給日在籍要件は有効である。
また、建築請負契約の場合、売買契約などとは異なり、契約締結以外にも営業社員の行うべき業務は多く、しかも多岐にわたるものであり、契約締結後着工前に解約されたり、着工後も契約内容が変更されることも珍しくない。被告において、歩合給は注文主からの入金があって始(ママ)めて発生することとしているが、それは営業社員が単に請負契約を取り付けるだけでなく、工事完成引渡しに至るまでの様々な業務を責任をもって遂行して始(ママ)めて請負契約が完結されるからであり、支給日在籍要件は、このような事情から設けられているのであって、合理的根拠を有するものである。
2 歩合給支給額
(一) 原告の主張
(1) 本件雇用契約締結時、原告が被告から説明を受けた歩合給の内容は、請負契約締結に至った場合、建物の代金額の〇・八パーセントの歩合給が支給され、その時期は、当該建物の着工時に半分(〇・四パーセント)、完成引渡時に半分(〇・四パーセント)ということであった。
(2) 原告の営業活動によって請負契約締結に至ったのは次の二件である。
<1> 船橋市前原 村杉邸建築工事(以下「<1>契約」という。)
代金三六六〇万円、平成一〇年七月着工、同年一〇月二九日完成
<2> 市川市妙典 仮称「レオパレス市川」(安川邸)建築工事(以下「<2>契約」という。)
代金二億九二五〇万円、平成一一年一月七日着工、同年四月二五日完成
(3) したがって、原告の歩合給は、<1>契約について二九万二八〇〇円、<2>契約について二三四万円であり、合計二六三万二八〇〇円となる。
(二) 被告の主張
原告の主張(1)の事実は認め、同(2)、同(3)は否認ないし争う。
原告の主張(2)<1>、<2>各契約の締結及び右各契約に関する実質的な業務は、当時原告の直属の上司であった一瀬誉達営業課長(以下「一瀬課長」という。)が行っており、原告はその補佐的業務を行ったにすぎず、業務遂行割合という実質的な観点から見ても、原告は営業社員として工事着工時までの重要な業務を遂行していない。また、原告は、<1>、<2>各契約とも、その着工前に退職し、その後業務を引き継いだ担当社員のもと、被告と注文主との間で工事内容及び工事代金の一部を変更する契約が締結されているのであって、契約の当初わずかに関与しただけの原告に受給資格を認めるのは著しく不当である。
3 超過勤務手当
(一) 原告の主張
被告における原告の勤務時間は、午前九時から午後六時までであるところ、原告は、平成九年一二月八日から同月末までの間午後九時まで、平成一〇年一月から退職した同年六月までの間午後一〇時までそれぞれ就業し、その残業時間数は別紙残業明細書「月合計残業時間」欄記載のとおりであり、残業代は同残業明細書「残業代」欄記載のとおり合計八〇万八九六〇円となるところ、被告は、月間二〇時間分の残業代しか支給せず、その合計は、同残業明細書「時間外勤務手当」欄記載のとおり合計一七万四七二〇円であるから、六三万四二四〇円が未払である。
(二) 被告の主張
(1) 超過勤務手当は、各従業員が「時間外実績管理表」にそれぞれ記入する残業時間数に基づいて支給されており、原告の場合も、原告が自ら記入した残業時間数に応じて被告は超過勤務手当を支給したから、未払残業代はない。
(2) 仮に、原告が自ら記入した残業時間数以上に社内に残っていたことがあったとしても、被告は午後一〇時以降までかかるような業務の指示などしていないから、原告が社内に残っていたことをもって残業と評価することはできない。
第三当裁判所の判断
一 支給日在籍要件及び歩合給額について
1 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実等を含む。)、右証拠中これに反する部分は採用しない。
(一) 当事者(争いがない)
被告は、昭和四八年八月に設立され、共同住宅「レオパレス21」の注文建築請負及び賃貸、管理、リゾート開発等を事業内容とする、資本金二二四億八四五〇万円、従業員約二七〇〇名の株式会社である。
原告は、平成九年一二月一日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、被告の船橋支店において営業に従事していたが、平成一〇年六月三〇日付けで被告を退職した。
(二) 雇用条件
原告の賃金は、固定給プラス歩合給とされ(争いがない)、そのうち固定給部分は、基本給、調整給、皆勤手当、時間外勤務手当、休日勤務手当等で構成されており、原告の各月の固定給部分の総支給額は、平成九年一二月一六万一五〇〇円、平成一〇年一月二二万二〇五〇円、同年二月及び三月各二二万六五六〇円、同年四月二三万一七八〇円、同年五月二二万二五八〇円、同年六月一九万二五八〇円であった(<証拠略>)。
また、歩合給は、営業活動により建物建築工事請負契約締結に至った場合、建物代金の合計〇・八パーセントで、その支給時期は、建物の着工時、五〇パーセント以上の入金があった場合〇・四パーセント、完工時一〇〇パーセントの入金があった場合に残り〇・四パーセントというものであった(<証拠・人証略>、原告本人)。
(三) 被告における歩合給についての規定
被告においては、建築工事請負契約管理規程(<証拠略>)を受けて歩合給細則(<証拠略>)で営業社員の歩合給について種々の規定をしているところ、歩合給の支給時期について、平成八年一一月申請分から前記(二)のとおり変更されている(<証拠略>)。歩合給の額についても、歩合給細則(<証拠略>)の定めにかかわらず、一律建物代金の〇・八パーセントとされていた(<証拠・人証略>)。また、営業社員が被告内の異動により支給日までに担当者でなくなった場合は、歩合給の受給資格を失わないが、支給日までに退職した場合は歩合給は支給されず、担当者を引き継いだ後任者が歩合給を受給する(<証拠略>)。ただし、後任者の業務が少なかった場合、歩合給の全額までは支給されないこともある(<証拠・人証略>)。
ところで、被告の就業規則及び歩合給細則は、各支店では支店長が保管しており、従業員であればいつでも閲覧できる状況にあり、実際にこれを閲覧し、コピーして写しを所持している従業員もいた。また、被告は、いわゆる新卒で入社した従業員に対しては就業規則及び歩合給細則を各人に配布していた(<証拠・人証略>)。
(四) 営業社員の業務(<証拠・人証略>)
被告における営業社員の業務は、まず電話で営業を行って訪問の約束を取り付け、顧客を訪問する。その際、顧客の情報を記載する「お客様カード」を作成する。営業社員は、再訪時以降、経営計画、資金計画、建築予定建物の平面図のプラン等を示しながら工事請負契約書の作成、締結まで行う。しかし、それで営業社員の業務が終了するわけではなく、その後契約内容が変更になった場合の変更契約書の作成や、地鎮祭、上棟式、竣工式の準備依頼を始めとし、建物の完成引渡しまでに必要となる諸手続、書類の作成業務等を顧客と連絡を取りながら行うもので、その業務は多岐にわたっており、営業社員が顧客を担当してからその終了までは平均約一〇か月、長い場合は二年にわたることもある。
(五) 原告の行った営業活動
原告が被告に入社してから担当したのは、<1>、<2>の各契約であり(争いがない)、いずれも電話で訪問の約束を取り付けたのは原告であり、その後、<1>、<2>各契約の締結まで原告は関与したが(原告本人)、原告は、被告に入社して日も浅かったことから、ほぼ全面的に一瀬課長の指導や補助を受けながら業務を遂行しており、なかには、<2>契約の初訪など一瀬課長が単独で行った部分もある(<証拠・人証略>、原告本人)。また、<1>、<2>各契約とも着工は原告の退職後であり(争いがない)、原告の退職後、<1>契約は平成一〇年九月一一日、<2>契約は平成一〇年一一月四日、それぞれその契約内容が変更されており、原告退職後は、<1>契約は新井貴之、<2>契約は吉岡成一が原告の後任者として、それぞれ担当した(<証拠・人証略>)。
(六) 退職に至る経緯(<証拠略>、原告本人)
原告は、被告では固定給のみならず、歩合給の支給があることに魅力を感じて被告に入社したものの、午後一〇時ころまでの残業が日常化し、しかも時間どおりの残業代が支払われないことから、不満を抱くようになったり、仕事に疲れを感じてきたため、平成一〇年六月初めころから、上司に退職の相談をするようになり、同月三〇日ころ、支店長及び課長に対し、退職の意思を表明した。その際、原告は、支店長や課長から「折角、一生懸命がんばってきたんだから、もう少し頑張ってみなよ。」などの励まし、あるいは遺(ママ)留を受けたが、原告の退職意思は変わらず、同月三〇日、被告を退職した。
2 支給日在籍要件について
(一) まず、原告に歩合給細則の適用があるかどうかについて検討する。
原告は、歩合給細則を見たこともないし、説明を受けたこともないから、その適用はない旨主張するが、いわゆる新卒者の従業員には、歩合給細則を配付していること(前記1(三))からすると、入社時に説明を受けていないとの原告本人尋問における供述は直ちに採用することができないし、被告の各支店において、歩合給細則を支店長が保管し、従業員がいつでも自由に閲覧、コピーできるようにしていたこと(前記1(三))からすれば、十分に周知されていたということができるから、原告に対しても歩合給細則は適用されるというべきである。
(二) 次に、原告に歩合給細則が適用されるとしても、支給日在籍要件が有効かどうか検討する。
原告は、支給日在籍要件は、公序良俗に反し無効であると主張する。
そこで、検討するに、歩合給支給についての支給日在籍要件といっても、一律にその効力が決せられるものではなく、歩合給の性質、その支給要件、給与に占める割合、支給日在籍要件を設けた理由等、当該歩合給に関する規定について具体的かつ総合的に検討を加えた上、各事例ごとに判断するのが相当であり、以下にこれを前提として本件について検討する。
まず、本件のような建築請負契約を斡旋したことによる歩合給の場合には、顧客の発見から契約の成立、建物の完成、引渡まで平均約一〇か月を要し、その間被告の営業社員は、設計変更、追加工事に伴う契約内容の変更のほか、種々の業務を行っていたこと(前記1(四))からすると、歩合給の対価たる労務とは、建築請負契約の成立を斡旋するにとどまらず、建物の完成、引渡とこれによる請負代金の受領まで継続するものとして予定されていたものということができる。そのことからすると、建築請負契約の締結を原因として歩合給が発生する旨の原告の主張は採用できないといわなければならない。
しかし、一方、本件における歩合給は、請負契約に基づくものではなく、雇用契約に基づいて発生するものであり、労務提供の対価としての性質を有するものであることは否定できず、また、ある従業員が労務提供の途中で退社し、以後の労務提供が不可能となった後においても、他の従業員をしてこれを続行させることにより退社した従業員の残した労務提供の成果を利用し得るという面がある。このようなことからすれば、労務の提供に応じて歩合給は発生するものと考える余地もないではない。そして、被告が歩合給の支給時期を請負代金の入金を前提として、着工時と完工時の二回に分けている(前記1(二)、(三))のも顧客からの入金が段階的に行われるという状況を前提としているとしても、右のような営業社員の労務提供及び歩合給の性質を反映している面があるということができる。営業社員の行うべき業務が、すでに述べたように多岐にわたる一連のものであることからすれば、個々の業務を取り出して、その都度、その労務提供の対価を算定するのは容易ではないばかりか煩雑であり、約二七〇〇名もの多数の従業員を擁する被告において(前記1(一))、多数の従業員に対し、定型的な処理を行うために、右のように営業社員の労務提供を着工時までとそれ以後に分けて歩合給の発生時期を定めることも合理性がないとはいえない。
そして、被告における給与をみると、二〇代前半で入社一年前後の原告で月額給与のうちの固定給部分が二二万円ないし二三万円程度で(後記二1、弁論の全趣旨)、また、例えば、二五歳、主任、大卒、宅建資格の取得しているものであれば、住宅手当を含めて月額給与のうち固定給は三〇万六八二〇円であり(<証拠略>)、給与に占める固定給部分は必ずしも少なくない。このことからすると、被告において、営業社員の労務提供の対価としては、固定給に依っている部分が少なくなく、歩合給は、基本的に労務提供の対価としての性質を有するものであるとしても、結果に対する報酬としての面も少なからず有しているということができる。
ところで、被告において、支給日在籍要件を設けた根拠は、主として、営業社員には、建築請負契約締結にとどまらず、入金、着工時まで、あるいは完工時までに行わなければならない種々の業務があり、その遂行を確保するためであると解せられ、そのことはすでに述べたような営業社員の業務実態に照らせば、合理性がないとはいえない。さらに、被告においては多数の社員に対し、煩雑さを避けるため、一括的な処理をする必要もあるということができる。
このように、被告においては、営業社員の労務提供の実態に照らし、一定程度にせよ労務の提供に応じて歩合給を支給することとしていること(すなわち、被告においては、建築請負代金全額が入金された場合に歩合給が支給されるというのとは異なり、全額の入金がなくとも、着工時までに五〇パーセント以上の入金があれば、それ以後、完工時以前に退職した場合であっても、着工時までの労務の提供に対しては歩合給が支給されるという意味において、公平の観点からも相当でないとまではいえない。)、その歩合給が固定給の額からみて、結果に対する報酬としての面を少なからず有していること、支給日在籍要件を設けた根拠にしても合理性がないとはいえないこと、加えて支給日在籍要件が歩合給細則に明記されていることから労働者にとって、歩合給の支給時期以前に退職した場合、歩合給を受給できないことが予想できたことなどからすれば、本件においては、支給日在籍要件も公序良俗違反とまではいえないというべきである。また、<1>、<2>の各契約について原告は、ほぼ全面的に上司である一瀬課長の指導と補助のもとに業務を行ったことや、<2>契約については着工前に建築請負契約の内容が変更されたこと(前記1(五))からすれば、右のように解して原告に支給日在籍要件を適用してもそれが原告に著しく不利益を課することになるとはいえず、その適用についても公序良俗に反するということはできない。
そうすると、原告は、<1>、<2>の各契約について、その着工以前に退職したから(争いがない)、原告に歩合給の受給資格はなく、歩合給支払請求は理由がないというほかない。
二 超過勤務手当について
1 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、これらに反する証拠はない。
被告における所定の勤務時間は、始業が午前九時であるが、朝礼は午前八時半から行われており、終業は午後六時であったが、毎日行われる最終ミーティングや終礼が開始されるのが午後九時ないし午後九時三〇分ころであり、これらが終了するのは午後一〇時すぎであった(<証拠略>、争いがない)。そのため、原告は、入社当初こそ所定の終業時刻に退社していたものの、平成一〇年一月以降は午後一〇時ないし午後一一時ころまで勤務し、電話での営業などを行っていたが、被告では、タイムカードは、出社時のみ打刻し、退社時には打刻しない扱いとなっていた(<証拠略>、原告本人)。また、被告では、時間外勤務について「時間外実績管理表」(<証拠略>)に記載する方法で管理し、それに記載された時間数に応じて時間外勤務手当が支給されることになっていたが、実際に時間外勤務手当の支給対象となるのは、月間二〇時間までの時間外勤務であり、それを超える分については「時間外実績管理表」への記載そのものが行われず、時間外勤務手当は支給されなかった(<証拠・人証略>、原告本人、弁論の全趣旨)。
そして、実際に原告に支給された時間外勤務手当の状況をみると、平成九年一二月は支給されておらず、平成一〇年一月以降は二〇時間分の時間外勤務手当が支給されているところ、その額は、平成一〇年一月から同年四月までが毎月二万五〇六〇円、同年五月及び六月が各二万五八六〇円で、その合計額は一七万四七二〇円であり、一時間当たりの単価は、平成一〇年四月までは一二五三円、同年五月及び六月は一二九三円となり、また、出勤日数は、平成九年一二月が一八日、平成一〇年一月が二〇日、同年二月が一八日、同年三月が一九日、同年四月が二二日、同年五月が二一日、同年六月が一九日である(<証拠略>、なお、原告は、出勤日数として右認定の日数を上回る日数を主張するが、給与明細(<証拠略>)の出勤日数欄の各記載に照らし、採用できない。)。
2 ところで、被告は、原告が毎日午後一〇時ころまでかかるような業務を指示していなかったと主張するが、前記1のとおり、最終ミーティングや終礼が午後九時ないし午後九時三〇分ころから行われていたことからすれば、被告の主張は採用できない。
残業明細書
株式会社MDI給与明細書
<省略>
<省略>
したがって、右によれば、原告の時間外勤務の時間数及び時間外勤務手当は次のとおりとなる。
平成一〇年一月
残業時間数 四時間×二〇日=八〇時間
時間外勤務手当 八〇時間×一二五三円=一〇万〇二四〇円
同年二月
残業時間数 四時間×一八日=七二時間
時間外勤務手当 七二時間×一二五三円=九万〇二一六円
同年三月
残業時間数 四時間×一九日=七六時間
時間外勤務手当 七六時間×一二五三円=九万五二二八円
同年四月
残業時間数 四時間×二二日=八八時間
時間外勤務手当 八八時間×一二五三円=一一万〇二六四円
同年五月
残業時間数 四時間×二一日=八四時間
時間外勤務手当 八四時間×一二九三円=一〇万八六一二円
同年六月
残業時間数 四時間×一九日=七六時間
時間外勤務手当 七六時間×一二九三円=九万八二六八円
右によれば、原告が本来支給されるべき時間外勤務手当は右の合計六〇万二八二八円となるが、前記1のとおり一七万四七二〇円はすでに支給されているので、時間外勤務手当の未払分は、これを控除した四二万八一〇八円となる(なお、原告は、平成九年一二月分の時間外勤務を主張し、陳述書(<証拠略>)にはこれに沿う記載もあるが、前記1によれば、被告においても二〇時間までは時間外勤務を認められていたにもかかわらず、平成九年一二月、原告には、時間外勤務手当が支給されていないのであり、そのことからすれば、右陳述書の記載は採用することができず、平成九年一二月に時間外勤務をしたことを認めることはできない。)。
三 以上の次第で、原告の請求は、四二万八一〇八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年三月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)